第二百四十七話 ながら

第二百四十七話 ながら


毎週日曜日は『じろうの道草』コラムの日

さて今週は、よく見る光景からお届けします

では今週もまいりましょうか



「知らぬ間に。」

よく見かける”ながらスマホ
もはや日本のみならず、世界中どこへ行ってもみんながみんなスマホに夢中。満員の電車やバスでもなんのその、街を歩いているときですら画面から目を逸らしたくない。無限に広がるスマホの機能に人類みな虜になってしまった。とにかく暇つぶしに最適、大半のことは可能にしてくれるのだから、そうならないほうがおかしいってな話。

その反面、もったいないと思うこともしばしば。日常から目を逸らすことで、あらゆるものを失っている気がしてならない。季節のうつろい、小さな発見、ふとした感動、「目にうつるすべてのことは メッセージ🎵(ユーミン)」のすべてに気がつけない。ふとした偶然をきっかけに、幸運や予想外の素晴らしい発見をするなんていうこともきっとないだろう。

とはいえ、ボクもスマホに感化され、支配され掛かっているひとり。スマホをいじりながらご飯を食べると味わうどころか知らぬ間になくなっている。タバコを吸っててもそう、知らぬ間に消え掛かっている。知らぬ間にに気がついてから、できるだけ目の前のことだけに集中するようにした。ひとつひとつ、丁寧に向き合うことで得られる豊かさに気が付く。意識して自ら距離を置かないと、幸せも半分、中途半端にすべてが流れていく気がしてならない。スマホからも得られることがたくさんあるのだから、悪いのはスマホではない。問題は”ながら”にあるのではなかろうか。

人生において生き急ぐ時期もあるけど、そういうときこそ一度立ち止まってみる勇気を出してみたらいかがだろう。きっと今の自分が見えてくるはず。自らを振り返られる人、丁寧に生きている人に憧れるし、そうなりたいと願うばかり。

ないものねだりなのかもしれない


「まとめ。」

<ワンセグ携帯>が出たとき、喜んで飛びついたのを思い出す。外でテレビなんて夢のまた夢、アンテナを立てながらいつも未来を感じて観ていた当時。

技術の進化はあれど、結局なにも変わってなくて、モノゴトとの向き合い方は自分次第でどうとでもなるということ。あるものに支配されるのではなく、役立てればいいだけ。心まで奪われてしまったら、完全に時代の思う壺。

幸せはそこらじゅうに落ちているもので
見つけられるかどうかは、心の鏡が教えてくれるはずですから

それではまた来週!

    ボクの話

    道草次郎 物書き
    執筆活動を中心に、ディレクションからモノづくりなどにも取り組むマルチプレーヤー。
    本サイト内『じろうの道草』で、コラムも担当する。
    素性は如何に。
    ミスター・アウル
    この記事、如何かしら?
    • キュン (4)
    • WOW (4)
    • NEW (3)