第二百六十五話 期待と希望
毎週日曜日は『じろうの道草』コラムの日
では今週もまいりましょうか
「前借り。」
”期待”ってなんなんだろう。
文字どおり期を待つことを指すのだろうが、自身あまりしないよう努めている。なにかを期待したとして、それが思いどおりになったとしよう。そこには意外性もなく驚きもないまま、期待どおりのあたりまえになってしまうから。結果が出るまえの時間を理想で埋める、言うなれば喜びの前借りはしたくない。
ここで難しいのが、”希望”との線引き。
サッカー日本代表への応援は果たしてどちらなのだろうか。期待100%とは違って、ここには少なからず希望が入ってくる。そのせいかとんでもなくうれしいときもあり、喜びにも勢いがついたりする。結果が残念な場合でも『もともと強い相手だしー』とか言ったりして、がっかり度は小さくなるような気がする。
では、宝くじはいかがなものか。期待というより、これぞ希望100%そのものだろう。ハズレてもしょうがないと消化することができるし、当たりでもしたらすべてのポジティブ感情を得ることも可能だ。
期待していいことってあるのだろうか
希望を持って悪いことってあるのだろうか
”期待”と”希望”
似て非なるものだが、本質はまったくの逆
ちょっとの違いが大きな変化をもたらしてくる
昔から”心の持ちよう”とはよく言ったものだ
「まとめ。」
おもしろいつまらないはさておき、思い続けてきたことをやっと言葉に残せた
”期待”って前向きな言葉のように装っているけど、騙されちゃいけない
まだなにも得てない想像の時間だけが唯一のプラス要素
反面、”希望”は願いが主だから裏切られることはほとんどない
期待より、やっぱり希望だなー
それではまた来週!
