第十六話 密かな贅沢

第十六話 密かな贅沢


いよいよ寒さも厳しくなってきた。
すっかり紅葉も終わり、木々の葉っぱが散ってしまったこんな季節に話すことではない今回のお題。実際、書こうかどうしようか迷ってはいたものの季節感を無視する出来事もあったので、勝手にあと押しされたつもりでワンマンコラムを始めよう。

読んでて寒くならないようにご注意を。



「勘違い。」

仕事を終えた時刻は朝の7時半、すっかり冷え込む朝の時間に家路に向かう。
暖かい事務所から駐車場まで小走りに、冷たいハンドルを握り車を走らせる。信号嫌いなボクは、大通りを避け住宅街の裏道を突き進む。通勤通学の人が駅に向かう時間帯だけに人通りはいつもより多くみられる。

自転車は車道を走るのがルール。ただ場合により歩道を走ってもいいという曖昧な交通法が両者を戸惑いに導く。そこで1台、車道を走る自転車が目についた。普段の生活においてなんら珍しいことでもない。ただ後ろから見る限り、子供を乗せる背もたれのあるママチャリを片手運転士している男性。子供を乗せながら携帯で喋っていて、しかもふらふら蛇行もしてるし困ったものだと思いながら横をすり抜けようとしたら、すべてボクの勘違いであったことが証明される。

まず子供は乗ってはいなかったし、片手運転はしていたものの携帯で話などしていなかった。後ろからだったし厚いコートを着ていたのでよく見えなかったが、その人の片手には間違いなく<ガリガリ君>が握られていたのだった。まさかこの寒い冬の朝に、<ガリガリ君>を食べながら自転車に乗っている人がいるなんて。。。思わず見返してしまったほどだ。彼はただただ<ガリガリ君>を食べていただけなのに、勝手に悪いほうに考えてしまって申し訳ない。

「暑い日に熱いものを飲むと涼しくなる」と昔から言われてきたことを真逆に実践されていただけであった。ボクは冷たいハンドルを、彼は冷たい<ガリガリ君>を。大して変わりはないのかもしれない。



「カランコロン。」

長い枕はこれぐらいにして、やっと本題に。
ボクには『密かな贅沢』がある。安いところで100円程度、高くても200円ちょいのよく目にするなんでもないモノ。それはコンビニで売っている『ロックアイス』。ただの氷だし、家で作ればタダみたいなモノにお金をかけるなんてもったいないというのは百も承知。そんなヤツは金持ちになれないとヒロユキ氏に一蹴されそうだけど、とにかくボクはこの『ロックアイス』にいつも幸せを貰える。

まずガラスのように透き通るキレイな氷は、グラスの飲みモノをとにかく美味しそうしてくれる。それと袋から出すときの音がなんとも素晴らしい。カランコロンと軽い高音は、グラスの中でも美しい音色を奏でる。良質の水を使用しているから溶けてもカルキ臭くないし、家庭で作る氷では得られない美味しさを味わっていただけると後ろにも書いてある。

そんな酒飲みではないので説得力はないが、きっとウイスキーやバーボンなどロックで飲む濃いお酒なんかには欠かせないのであろう。ボクの場合はもっぱらアイスコーヒー。たまにコーラに『ロックアイス』を入れて飲むと喫茶店気分でとにかく旨い。冷凍庫に入っているだけで満足感を満たしてくれる。

視覚、聴覚、味覚すべてにおいて刺激してくれる身近なモノってそうあるものではない。どんな飲みモノもワンランクアップ、縁の下の力持ちタイプの『ロックアイス』は、決して無駄ではない『密かな贅沢』なのである。



「かつて

冷凍庫のない時代、氷はとにかく貴重品であった。
古くは平安時代、清少納言の『枕草子』にも登場しかき氷を食されていたと綴られている。奈良時代には氷室があり、天皇陛下や将軍に献上されていたとのこと。冬の時期に貯蔵していた雪氷を、夏の暑い日に溶ける氷を急いで運び、小さくなってはいるものの口にできるのは一部の貴族階級の人たちだけだったぐらい特別なモノだった。

たかが氷、されど氷。昭和初期まで一般人には手の届かないモノだったなんて、当時の人がいまの時代にタイムスリップしてきたらと想像すると、なんだか当たり前のことが幸せに思えてくる。



「まとめ。」

冒頭に述べた通り、まったくタイミングのずれた氷の話。
とはいえ<ガリガリ君>おじさんを見かけたもんだから、エピソードも加えつつどうしても話したかった今回の『密かな贅沢』。

値段が高いからとか希少だからとか、そういうことから得られる贅沢もいいとは思うのだけど、なんでもないモノゴトに目を向けて自分で幸せを見つけていくことからも十分な贅沢感を得られると思う。きっと皆さんもそれぞれの『密かな贅沢』があることだろう。

常識に左右されることなく、自分に素直になれればそれで良し。<ガリガリ君>おじさんを見てみてよ。彼は絶対、自らで幸せを勝ち取れる人なはずだから。


ボクの話

道草次郎 物書き
執筆活動を中心に、ディレクションからモノづくりなどにも取り組むマルチプレーヤー。
本サイト内『じろうの道草』で、コラムも担当する。
素性は如何に。
ミスター・アウル
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