第二百六十三話 ここのレバーは違う
毎週日曜日は『じろうの道草』コラムの日
さて今週は、ある会話のひとつを取り上げてみよう
では今週もまいりましょうか
「エゴ。」
『ここのレバーは違うから!』
レバーを食べれない人がいると、どこからか聞こえてきそうな会話のフレーズ。ほかとは比べものにならないとか、食べれるようになったとか、どうにかしてひいきの店に連れて行こうとする人たち。食べれない人からしたら、なんら変わりなく苦手なものは苦手、結局レバーはレバーというところに大抵収まる。苦手な食べ物を”レバー”と口にしたら最後、何十回と繰り返されてきたであろうこのくだり。うんざりしているはずだ。
万が一食べれるようになったりでもしたら、相手は優越感に承認欲求、自尊心まで満たされちゃうんだからこれをエゴと言わずしてなんとやら。レバー嫌いな人からすると余計なお世話でしかないのだが、いま一度考えていただきたい。
その相手にとっては、あなたは親しい間柄。なんとか好き嫌いをなくしてほしいし、レバーの美味しさもわかってほしいという親切心が少なからずはたらいているのは間違いない。おせっかいと言ったらそれまでだが、決して悪意ある行動ではないはずだ。この両者の温度感はいつもズレまくっているのがたまらなく滑稽なのだが、結果はどうであれ、克服させたい側が勘定を払うのが筋だろう。
そう考えると『ここのレバーは違うから!』と言ってくる人に、悪い人はいないのではなかろうか
いや、そんなことはないか
「まとめ。」
わたくし、レバーは大好物
かといって、嫌いな人に薦める気は毛頭ない
好きなら食べればいいし、嫌いなら食べなければいい
食べ物の中にも、食べるべきものとそうでないものってある気がする
レバーはその境界線に位置する存在だと勝手に位置付けている
ちなみに野菜は食べれたほうがよいかと
それではまた来週!
