第百十七話 ひと手間。

第百十七話 ひと手間。


立冬も過ぎて、暦の上ではもう冬。
今年の秋は一瞬だった。

今回は、いまさら気づいたことについて綴ってみよう。
それではどうぞ。



「なにかが違う。」

ふらっと街を歩いていると、どこからか香ばしい匂いがしてくる。
香りに惹かれるよう歩を進めた先は、焙煎までしている珈琲豆の小さなお店。ボクはお茶がわりに1日1リットル飲むほど珈琲を摂取しているカフェイン中毒。このなんとも甘くて香ばしい匂いを無視することができない。壁一面に陳列された数多くの珈琲豆に、テンションが一気に上昇している自分に気づく。店員さんにそれぞれの豆の特徴を聞き、選んだ豆はコスタリカ産の<イエローハニー>。完全に響きにもってかれた。豆は買ったものの、そういえば珈琲を淹れる道具がない。そんな洒落たものは必要ない。手頃なサーバー、ドリッパー、フィルター、ホーロー製のメジャーを選び、久しぶりの衝動買いに心躍る。

翌朝、言われたとおりの手順に習い1杯の珈琲を淹れる。旨い。そもそも珈琲が好きだから、いつものインスタントも美味しいけどやっぱり何かが違う。とはいえ、どちらも美味しい珈琲。好みを除外して違いを述べるとしたら、、、”ひと手間”ではないだろうか。この1杯の珈琲を飲むために、蒸らして注いで時間をかけてじっくり淹れる。この手間を掛けることで、いつもと異なりより集中して味わう。香りなんかも嗅いじゃったりして、インスタントではしたことがない。

この”ひと手間”というのが、人にプラシーボ効果を与えてくれるのではないかと思うのである。田舎のおばあちゃんが作った朝もいできた野菜の浅漬けは、道の駅の新鮮なものより確実に美味しいはず。ネットでポチッとしたものと誰かと一緒にお店で選んだものとでは、同じものでも思い入れが違う。球根から育てたチューリップは、お店のものより絶対キレイに見えるはず。

効率がすべてではなく、こういう”ひと手間”に幸せを感じれるようになってきたということか。



「まとめ。」

正直、目を瞑ってどれがインスタントでどれがドリップかを当てる自信はない。浅煎り深煎りいろいろあるし、きっと淹れる人によっても違いが出てくるのだろう。

以前、携帯をいじりながら終始食事をしたことがあった。食べ終わったのちに気がついたのだが、味をまったく覚えていない。ただただ口に食べ物を取り込んだだけ。そんな自分に落胆し、それ以降なにかをしながら食事をしないように心掛けている。

忙しいからどうしても”ながら”になりがち。
ひとつひとつ何事にもまっすぐ向き合うことの大事さを、この歳になって知らされた珈琲タイム。

それではまた来週!

ボクの話

道草次郎 物書き
執筆活動を中心に、ディレクションからモノづくりなどにも取り組むマルチプレーヤー。
本サイト内『じろうの道草』で、コラムも担当する。
素性は如何に。
ミスター・アウル
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