第二百三十四話 おマメ
毎週日曜日は『じろうの道草』コラムの日
さて今週は、自らも綴りながら真相を探っていく新しいパターン
それではどうぞ
「アプデ。」
ボクは3人兄弟の末っ子、従兄弟の中でも一番下。どこへいってもおマメ扱い、一緒に遊んでいても疎外感だけは拭えない。いつになったら対等に見てくれるのだろうと自問自答し続ける。そんな影響もあり早く歳をとりたかった。
中身が成熟していないからか、せめても歳という絶対的な証にすがりたかったのだろう。また当時の大人たちは格好良くて、映画『私をスキーに連れてって』のように、自分もいつかああいう生活を送るのだろうと疑いもなく未来設計をしていたものだ。
さらに上の大人たち、勝新太郎や美空ひばり、立川談志など昭和を彩る大スターたちまで掘り下げてみるものの、かつて目にしたことのない圧倒的な魅力に自らの虚無がむしろ浮き彫りになるばかり。大きな理想や上っ面な知識を振りかざしつつ、なにか誇れるものを模索し続ける悩ましい10代20代。人生において一番眩い時期に薄っぺらい思考でいた自分が情けなくもなる。
この振り返りを振り返ってみると、若い時分のレトロやノスタルジーというのはちょっと大人めいてて博識な印象を受けるもの。だがしかし、50代がレトロやらノスタルジーやら言ってると、いつまでも昔を忘れられないだけの思い出おじさんになってしまう。いくら時代がレトロを見直そうとも、昔は昔、今は今、それぞれの時代の空気感で見え方はまったく違ってくる。
古けりゃ良いってわけじゃない
新しいからすべてが良いってもんでもない
自分なりにいまをアップデートしていきませんか
「まとめ。」
新しいが正義と思っていたが、あながち古いのも悪くない
そうやって便利を捨ててまでも味わいに価値を見出すのと、新しいものを避けて古いまんまというのとでは、同じことでもそこには大きな隔たりがある。
新しいことも知ったうえで敢えてレトロになびいているということは、モノゴトとしっかり向き合い丁寧に日々を過ごせる人。せっかちな下町っ子のワタクシ次郎、焦って過ごしてきたから大事なことをたくさん見逃してきた気がしてならない。”丁寧な生活”が当面の目標。
終わってみれば反省会みたいになってしまった
最近自身に、なにかしらの変化が芽生えてきたようだ
それではまた来週!
