第九十三話 パリの父
今年は珍しく6月に梅雨全開。
例年は7月に雨が多くなっていた気がする。
6月といえば、門出となるジューンブライド。
人生出会いもあり、その逆に別れもある。
今回は、ちょっとシリアスに綴ってみる。
それではどうぞ。
「ベルトラン。」
名前は<ベルトラン・ピガス>。
フランスに訪れるときは必ず一緒にワインを飲んで煙草を吸って、いつも笑顔で迎えてくれる”パリの父”。そんな彼が先日の5月29日、60年の人生に幕を閉じ旅立ってしまった。
『ボクのヒト #21』でも登場してもらったベルトラン。パリでコーディネーターをしてもらっている方の旦那さんで、出会ってからかれこれ8年ぐらいは経っているはずだ。元々レストランでギャルソンをしていた彼。セレブたちをもてなし、会話で楽しませ、彼に会いに訪れる客がたくさんいた有名なギャルソンだったという話を聞いたことがある。
人懐っこくて、笑顔が可愛くて、冗談が好きで、いつも場の空気を明るくしてくれる。少年のようにいつもキラキラしていて、まさにグッドオールドボーイ。奥様にとってはいろいろあるのだろうけど、ボクはこんなおじさんになりたいと会うたびいつも思っていた。
「パリジャン。」
お洒落で、おしゃべり好きで、哲学的な印象のあるパリの男。
フランス語の響きもセクシーで、パリジャンは世界でも特別な存在のように思える。
フランス語がわからないこともあり、会う前はとても緊張していた。何を話せばいいのか、どう時間を取り繕ったらいいのか、無言の時間はやっぱり辛い。そんなボクの心中など容易く見透かしていたのだろう。ベルトランは拙い英語で共通点を見つけ、違和感を感じさせず距離を縮めてくれる。さすが接客のプロ。人の心をあっという間に掴んでしまう。
昨年の半年間、彼は日本の大学病院で療養してた。慣れない日本の病院生活、少しでも気が紛れればと思いお見舞いに行ったときですら、具合悪いはずなのにいつも通りお洒落な格好をして待っててくれた。病院内のカフェに行ったときも、周りの患者さんをも笑わせようとするベルトラン。辛そうな顔など決して見せようとしない。
これがボクにとって最後の日だった。
「追悼。」
『ちょっと外出していた間だった。』と聞いたのが、朝方4時の電話で知った。
なんとも誇り高いパリジャンのカッコイイ去り際だったのではないかとボクは思った。あまりにもベルトランらしかったので、不謹慎かもしれないが奥様にもお伝えさせていただいた。実はその数時間前にLINEのやり取りをしており、「後悔のないようにね。」と話をしたばかりだった。
昨年の父のこともあり、いまだにどこか引きずっている自分もいる。痛いほどわかるなんともできない気持ちの整理。いまは何も考えないようにすることをがんばるしかない。いつか時間が和らげてくれるから。
『トモコさん、がんばって!』
「まとめ。」
『人との別れ。』
特に家族だと、衝撃はさらに大きい。みんなこの悲しみを乗り越え、次の世代に受け継がれていく。人類が誕生して今まで、ずっとこの辛さを繰り返してきたのかと思うと想像を絶する。
別れは残された人の中に残り、自らの考えや価値観、人格に至るまでいろんなことに変化をもたらす。故人が残していった最後のメッセージのようにも思えてくる。こうやって巡り巡っていくのだろう。
『ベルトラン!』
ちょっとだけ待ってて。一緒にワイン片手に煙草しよう!
それではまた来週。