第百二十四話 甘やかし。

第百二十四話 甘やかし。


お正月も終わってしまった。
成人の日の週末合わせた3連休が、休み気分を延長してくれる。

年明け一発目のコラム。
正月だけに、最近の心境の変化を振り返ってみよう。
それではどうぞ。



「イイんじゃない!?」

2024年が始まった。
小学生時代『21世紀』というお題で空中を走るクルマの絵を描いたりして、その未来もすでに四半世紀が過ぎようとしている。目に見える変化は少ないものの、インターネットの普及によりあらゆる価値観が変わり、AIの進化も著しい。ChatGPTのような便利なソフトを使わない手はなく、とにかく効率的で利便性を重要視する世の中。

歳を重ねて、平均でもあと30年あるかないかの残りの人生。思い起こせば20歳から今ぐらいの年月、長かったようだけどそれほどでもない気もする。幼少期の自分とはわけが違い”未来への希望”とか”明るい未来”とか、そういった類のものは持ち合わせていない。それよりも、いかにひとつひとつを大事に拾っていけるか。簡易的ではなく重んずるというか、愛でることができるモノゴトに囲まれていたいという心境の変化。

苦手なものは苦手、無理なものは無理と認めてあげる。人を羨んだり憧れを持たなくなると生きていくのがになる。得意、不得意は誰にでもあって、まずは自分を知ることこそが効率的な生き方。一見、挑戦することや努力をすることを否定しているように取られがちだが、決してそういうわけではない。身の丈を幸せに思える自身を育むこと、目の前のモノにヒトに感謝の気持ちを持って向き合うことが、背伸びをせず自らを苦しめない方法なのではないかと思っただけ。良いことなのか悪いことなのかはわからない。

ここでひとつ、影響を受けたヒトの話。
プロダクトデザイナーであり彫刻家の<イサム・ノグチ>。世界的に有名な彼が最後にたどり着いたところが、””。さんざんデザインやビジュアルを突き詰めた先が、”素材”。『自然石と向き合っていると、石が話をはじめるのですよ。』と言い、『彫刻は不完全でいい。完成させるのは遊ぶ子供たちや、季節自然である。』などと語っている。ここまで達観した人だからこその言葉からは、完全じゃない面白さ、不完全だからこその可能性までも楽しんでいるようにも思える。

心の余裕というか、奥ゆかしさというか。
グッドオールドボーイになるために、ヒトの本懐探しはまだまだ続く。



「まとめ。」

最後はイサム様に頼ってしまった。
不完全なものに魅力を感じるようになったのは、彼の本を読んでからかもしれないといま振り返って気づいたこと。古くから床の間などに施された日本人の持つ”左右非対称の美学”も、独特の感覚らしい。ということは、ヒトも完全体じゃなくたってイイのではないだろうか。

ポンコツな自分のために、こういった屁理屈を正当化しようとする防衛策。これもまた自分を知る行為。甘やかしてあげたってイイじゃない。
それではまた来週!

本年もよろしくお願い申し上げます。

追記:
令和6年能登半島地震により亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被害を受けた方々、またその家族や親族、関係者の皆様に、心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。行方不明の全員が、無事に1日でも早く見つかりますよう願っております。

ボクの話

道草次郎 物書き
執筆活動を中心に、ディレクションからモノづくりなどにも取り組むマルチプレーヤー。
本サイト内『じろうの道草』で、コラムも担当する。
素性は如何に。
ミスター・アウル
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